鉄道

志紀駅

初代志紀駅は現在の場所から
180m ほど離れた場所に 1909 年に開業しました。
その後一旦廃止となったものの
1961 年に再び現在の場所で営業を再開し
今日に至ります。

駅のある場所は
かつては堤防だったり墓地だったりと
高台と言う地形的を利用して利用されて来た歴史があり
その歴史を語る石碑が駅前に設置されています。

大和路線区間ではあるものの
関西本線に属し起点の名古屋から 160Km の地点に位置しています。

DSC_6469


藤が丘駅

藤が丘駅と言えば東急の・・・ではなく
今回は愛知県の名古屋市営地下鉄の藤が丘駅です。

1969 年に東山線の終点として開業し
開業当初は "藤ヶ丘" となっていました。
現在の "藤が丘" は 2004 年に
周辺の町名に合わせる形で改称し
現在に至ります。
線路は駅から更に先まで続いており
その先には車庫の藤が丘工場が広がっています。

藤が丘は名古屋駅から東山線で乗換なしで行けて
名古屋に住んでた頃は仕事も含めて
月に 2〜3 回出掛けてた時もあったんですが
あれから 5 年くらい経っても
特に変わった様子はありませんでした。
DSC_6849

浜大津駅

浜大津駅は 1880 年に
東海道本線の大津駅として開業したのが始まりで
現在の駅は京津線と岩山坂線を統合する
浜大津総合 ターミナル として 1980 年に 
江若鉄道浜大津駅跡に建設されました。

駅の周辺は路面電車のような併用軌道で
そこを通勤形態車両が走行しているので
どの場所から見ても迫力があり
一度は見に行くべき駅の 1 つだと思います。

所で併用軌道を走行する場合
全長を 30m 以下に抑える規定になっていますが
この区間は特例として 4 両編成 66m の車両まで
走行する事が認められています。

ちなみに浜大津駅は
3月17日にびわ湖浜大津駅へ改称される事になっています。

DSC_6601


八尾南駅

八尾南駅は谷町線の終点として
1980 年に開業し
谷町線唯一の地上駅となっています。
駅は南北に細長く北側には車庫が広がっています。

駅の周辺には八尾空港や八尾駐屯地があり
かつては八尾空港の エプロン が
車庫に隣接していました。

ちなみに谷町線の起点は大日駅で
大日駅から 28.3Km の地点に位置しています。

八尾南駅

EF66

EF66 型電気機関車は
国鉄が 1968〜74 年まで
日本貨物が 1984〜91 年まで製作した
直流電気機関車で合計で 89 両製作されました。

京都鉄道博物館に展示されている車両は
JR 貨物から譲渡された 35 号機で
国鉄民営化時に譲渡された 73 両の内の 1 両です。

JR 西日本にも 40〜55 号車の 16 両譲渡され
主に寝台列車の牽引に使用されて来ましたが
2009 年の ダイヤ 改正で定期運行を終了し
2010 年には所属車両は消滅しました。

EF66


新型特急

近鉄が 2020 年春に新型特急車両を
難波―名古屋 間に投入する事を発表しました。

新型は赤を基調とした外装に
車内は "しまかぜ" と同様の ハイデッカー 構造で
戦闘車両は全面展望を取り入れるなど
今流行りの車両となっています。
製造は近畿車両が担当し
14 編成 72 両製造する予定となっています。

会見では アーバンライナー が降格になる事も発表されており
そうなると汎用特急の 12233F 系などが
順次廃車になると言う事なんでしょうね。
しかし アーバンライナー には
アーバンライナーnext が 2 編成 12 両あり
こっちは降格にならずに維持されるんでしょうね。

キ

DD51756

国鉄時代の ディーゼル 機関車 DD51 は
1962年〜1978年の間に 649 両製造されました。

しかし最終型でも製造から 40 年く経ち
新型機関車の DF200 なども登場していますが
残念ながら置き換えが進んでおらず
DD51 の更新工事を実施して当面は継続使用する事になっています。

この京都鉄道博物館の DD51756 は
1972 年に日立製作所製で製造された 700 番台で
JR 貨物から譲渡された車両です。

DSC_6219


京都鉄道博物館

京都鉄道博物館が開館して約 2 年になるそうですが
以前の梅小路蒸気機関車館の頃に出掛けているので
なかなか足が向かず
やっと出掛けたと言う感じです。

梅小路の頃とは言っても
過去の記事を見ると 2010年7月4日 になっているので
もう 7 年も前になり何だか悲しくなりました。

機関車などの動体展示は
梅小路の頃と変わらず屋内の展示の リニューアル が
メイン と言う感じがしました。
屋内は 500 系など新幹線の展示は
どこでにもあって目新しさは感じなかった反面
ディーゼル 機関車の展示はここだけだと思うので
運転台と一緒に見ると一層臨場感が味わえます。

ちなみに私はの石北本線の動画で予習してから出掛けました(笑)

DSC_6238


323系

大阪環状線 リニューアル の一環で
2016 年から導入が始まった 323 系は
2018 年までに 168 両が納入される予定となっています。

車両の製造は
近畿車両と川崎重工が担当し
近畿車両の車両から納入が始まりました。
2017 年現在大阪環状線のみの運用で
大和路線などへは入っていません。

今後更に導入が進めば
大和路線直通の区間快速での運用も始まるでしょうね。

20171214_大正駅

今宮駅

関西本線と環状線が乗り入れる今宮駅は
1899 年に大阪鉄道の駅として開業したのが始まりで
翌年に関西鉄道に継承されて現在に至ります。

国鉄になったのは 1907 年からで
大阪環状線で最も高い駅と言われる現在の駅舎は
1996 年から使用されています。

関西本線は名古屋が起点で
今宮駅は起点から 173.6Km の地点に位置しています。
ここから名古屋駅まで線路が続いていると思うと
ロマン を感じますね〜。

今宮-1今宮駅-3

四条大宮駅

京福電鉄の四条大宮駅は
1910 年に嵐山電車軌道の京都駅として開業し
現在の駅舎は 1986 年完成しました。

京福電鉄は "嵐電" とも呼ばれ
嵐山線と北野線の 2 路線あり四条大宮駅は嵐山線の起点で
終点の嵐山までの 7.2Km で営業運転を行っています。

北野線は帷子ノ辻駅から分岐し
北野白梅町駅までの 3.8Km で営業運転を行っています。

四条大宮駅


阿下喜駅

特殊軌道と呼ばれる軌間 762mm の ナローゲージ は
軽便鉄道として日本各地で運行されていましたが
しかし現在は三岐鉄道や四日市さすなろう鉄道など
片手で数えるほどになってしまいました。

この阿下喜駅は三重県にある三岐鉄道北勢線の終着駅で
1931 年に北勢鉄道駅として開業しました。
そのご三重交通や近鉄を経て
2003 年に三岐鉄道の駅となりました。

北勢線は西桑名駅が起点で
阿下喜駅までの 20.4Km で営業運転を行っています。

阿下喜駅

阿下喜駅阿下喜駅阿下喜駅


熱海駅

1925 年に開業した熱海駅は
東海道新幹線/伊藤線/東海道本線の 3 線が乗入れる
温泉地を代表する駅となっています。

現在の駅舎は 2016 年に開業し
ラスカ 熱海として営業しています。
駅舎の前には熱海銀座商店街が広がっていて
商店街を抜けると熱海 サンビーチ まで抜けられるんですが
リサーチ 不足で商店街の入り口だけ見て引き揚げました。

ちなみに熱海駅は
起点の東京駅から 104.6Km の地点に位置しています。

熱海駅

熱海ロープウェイ

熱海 ロープウェイ は 1958 年に開業し
東京 ドーム の関連企業が運営を行っています。

後楽園駅 ⇔ 八幡山駅
の間で運行されており
後楽園駅の前には熱海港があり
八幡山駅は熱海城となっています。

バス で熱海城へ向かう場合
熱海港で降りて ロープウェイ に乗る訳ですが
しかし土地勘が無いので先の錦ヶ浦まで行ってしまい
そこから熱海城まで 100m の八幡山を徒歩で登りました・・・。

DSC_5067熱海


三島駅

JR東海/JR貨物/伊豆箱根鉄道 が使用する三島駅は
1934 年に開業しました。
JR 東海と伊豆箱根鉄道の駅舎は分離していますが
構内では隣接しており線路は繋がっています。

JR 東海の南口の駅舎は
富士山と三嶋大社を イメージ した デザイン で
中部の駅百選に選定されるなどしており
数年前に来た時と変わりは無かったのですが
その反面北口は
大学の キャンパス が出来るなど大きく変わっており
まるで浦島太郎状態になりました。

三島駅三島駅

新横浜駅

新横浜駅は東海道新幹線開業に伴い 1964 年に開業しました。
開業当初は "こだま" のみの停車駅で
"ひかり" が停車する様になったのは 1976 年からです。
しかし停車するとは言う物の 1 日 1 往復でした。

その後 "ひかり" は 1 日 3 往復となり
1 時間 2 本に拡大しました。

1992 年に "のぞみ" が新設されると
2000 年になってやっと
全ての "のぞみ" が停車する様になりました。

ちなみに起点の東京駅から 28.8Km の距離にあります。

新横浜駅


富士川駅

起点の東京駅から 150Km の地点にある富士川駅は
国府津駅ー静岡駅の開通に伴い
1889 年に岩淵駅として開業しました。
その後東海道本線所属となり
1970 年に駅所在地である俺原郡富士川町に合わせて
富士川駅へ改称されました。

富士川駅の周辺には新富士駅や富士川橋梁があり
新幹線から一番富士山が見える区間なので
この駅の ホーム の端からも富士山が見えるはずなんですが
前日は大雨だった影響で見る事が出来ませんでした・・・。

ちなみに "ふじがわ" だと思っていたんですが
"ふじかわ" だと言う事を駅に着いて知りました。

富士川駅

近鉄八田駅

以前紹介した JR 八田駅に
ほぼ隣接している近鉄八田駅は
1938 年に関急八田駅として開業しました。

その後 1944 年に近鉄の駅となり現在に至ります。

JR 八田駅と同様に 2002 年に高架化され
それに伴い駅舎が名古屋駅方向へ 200m 移動しました。

DSC_4138



JR八田駅

名古屋市の八田町には
近鉄八田 / JR 八田 / 地下鉄八田があります。
それぞれ独立していますが 200m 以内に固まっています。

しかし関西本線の スタンプ 集めが メイン なので
まずは JR の方を紹介します。

JR 八田駅は
1918 年に八田信号所として開設され
1928 年に駅へ昇格し八田駅となりました。
現在の高架駅は 2002 年に開業し
地上駅だった旧駅舎より
500m 名古屋方向へ移動しました。

DSC_4144

西日野駅

四日市あすなろう鉄道の八王子線は
かつて伊勢八王子まで線路が伸びていました。

しかし 1974 年の集中豪雨で
日永⇔伊勢八王子間が不通となり
76 年に日永ー西日野間が復旧したものの
その先の伊勢八王子間は廃止となりました。

ローカル 線の小さな無人駅ですが
この先に線路が繋がっていたと思うと
ロマン を感じますね〜。

DSC_4657


名古屋駅

JR 名古屋駅の地下から リニア が発着する計画になっているので
地上でも駅の方々で工事が始まっています。

その リニア に合わせてか
名鉄と近鉄も駅 ビル の建替え案を発表しており
その完成予想図を見ると
まるで シンガポール の マリーナベイサンズ みたいな代物が
描かれていました。

実際に計画通りに建て替えが進むめば
大阪駅を例に出すと最低でも 5 年は工事が続くので
まだ始まっていない今のうちに
今の状態の動画を撮っておきました。
いずれこの動画は
懐かしい動画になるんでしょうね〜。

名古屋駅

平田町駅

1963 年に鈴鹿市駅から延伸して開業しました。

鈴鹿 サーキット へは
白子駅から向かうより近い反面
バス 白子駅を経由する物しか無く
直接向かう場合は徒歩や タクシー となります。

しかし駅員を配置して
有人で維持しているのは凄いですね。

DSC_4101


鈴鹿市駅

三重県内に "鈴鹿" が付く駅は
・鈴鹿サーキット稲生
・鈴鹿
・鈴鹿市
以上の 3 つあります。
そして今回は鈴鹿市駅を見て来ました。

鈴鹿市駅は 1925 年に
伊勢鉄道神戸支線の伊勢神戸駅として開業し
1963 年の平田町駅延伸と同時に
鈴鹿市駅へ改称されました。

鈴鹿線が平田町駅まで延伸する前は
鈴鹿市駅が終点で
現在 ロータリー となっている場所に
旧駅舎があったそうです。

DSC_4125DSC_4115


日永駅

四日市が起点の四日市あすなろう鉄道は
日永駅で内部線と八王子線に分岐しています。

日永駅は途中駅のように見えますが
実は八王子線の起点が日永駅となっているので
内部線に八王子線が接続していると表現した方が
正しいのかも知れません。

開設は 1912 年で
1922 年に日永 - 小古曽間の開通に伴い
分岐駅となりました。

日永駅


フリーゲージトレイン

現在試験が行われいる フリーゲージトレイン(FGT) は
2014 年に製造された 3 世代目で
4 両編成となっています。

FGT は既に海外では実用化されているだけに
JR が 20 年試験しても実用化に至らないのは
何と言うか技術的要求水準が高過ぎるのではないしょうか?

先日も現行の試験車両の車軸に
想定外の摩耗が起きたと言う記事が上がっていましたが
結局この問題を検証し対策するまで試験は延期されるので
実用化は更に遠のきそうです。
一説には車両の製造や維持に
現行の新幹線の 2 倍の コスト が掛かるとも試算されているだけに
実用化は無理な気もします・・・。

686009

内部駅

四日市あすなろう鉄道の内部線は
起点の四日市駅から
終点の内部駅までの 5.7Km (8駅) の区間を結んでいます。

開業は 1922 年の三重鉄道時代まで遡る事ができ
その後 1965 年に近鉄と合併を経て
2015 年に現在の四日市あすなろう鉄道となりました。

現在は内部駅が終点となっていますが
開業当初は延伸計画があり実際に工事にも着手していたそうで
国道の下まで伸びる線路や中間駅のような駅構造も
それを物語っています。

内部駅

DSC_3886DSC_3908DSC_3915


極楽橋駅

極楽橋駅は 1929 年に開業し
その翌年には鋼索線の南海鋼索線(高野山ケーブル)
が開業しました。

高野線は極楽橋駅が終点で
起点の汐見橋駅から 64.5Km の地点に位置し
ケーブル は当駅が起点となっています。

基本的に高野線と鋼索線の乗継駅なので
券売機は設置されておらず
改札機も簡易的な物が設置されています。
高野山から向かう場合
林道のような所を行く必要があり
対向などを考えると軽自動車でも厳しいと思います。

極楽橋駅

極楽橋駅極楽橋駅極楽橋駅


学研奈良登美ヶ丘駅

2006 年に開業した学研奈良登美ヶ丘駅は
近鉄けいはんな線の終点で
起点の長田駅から 18.8Km の距離に位置しています。

けいはんな線は 1986 年に
長田駅ー生駒駅間を運行する東大阪線として開業し
2006 年の学研奈良登美ヶ丘駅までの延伸に伴い
けいはんな線へと改称しました。

けいはんな線は新祝園又は高の原まで延伸する計画があり
学研奈良登美ヶ丘駅の ホーム の末端部からも
延伸の可能性が伺えます。

学研登美ヶ丘駅学研登美ヶ丘駅学研登美ヶ丘駅

東部市場前駅

1989 年に開業した東部市場前駅は
現在大和路線内で最も新しい駅となっています。

ちなみに大和路線は関西本線の一部で
加茂〜難波の区間を指し
関西本線の起点は名古屋駅となっています。
そして東部市場前駅は
起点の名古屋駅から 169Km の場所に位置しています。

大和路線内で最も新しい駅と言いつつ
実は 1909〜1945 年まで
この駅の近くに百済駅が存在していました。
百済は "くだら" と読む訳ですが
現在も百済駅は存在しており
貨物専用の百済貨物 ターミナル 駅
として運用されています。

DSC_3314

播州赤穂駅

播州赤穂は忠臣蔵でお馴染みなだけあって
駅前には大石内蔵助の像があり
コンコース へ向かう階段の壁には
赤穂四十七士を描いた パネル が埋め込まれいます。

駅は 1955 年に開業し
開業当初は赤穂線の終着駅でした。

それにしても忠臣蔵は
まだ大河 ドラマ になっていなかったんですね・・・。
その反面あれだけ映画化や時代劇化されてるので
今更大河になった所で
お腹一杯と言う感じがします。

播州赤穂

播州赤穂播州赤穂播州赤穂


日生駅

日生と書いて "ひなせ" とは
なかなか読めないですね〜。

この日生駅は
赤穂線の終着駅として 1955 年に開業し
その後更に伊部駅まで赤穂線が延伸した為
途中駅となりました。

実は海だった場所を埋め立てて駅舎が建てられており
赤穂線で最も瀬戸内海に近い駅となっています。
駅前には フェリーターミナル があり
小豆島行の フェリー や
日生諸島行の旅客船が発着しています。

DSC_3216

日生駅日生駅日生駅


名古屋駅

2027 年 の リニア 名古屋駅開業に向けて
JPタワー や大名古屋 ビルヂング の開業など
名古屋駅周辺の再開発が熱くなっています。

しかしそれらが
小物に見えてしまう計画が持ち上がっています。
それは名鉄や近鉄の駅 ビル が
1 つの ビル に統合されると言う物です。
名鉄は ビル の建設に合わせて
ホーム も現在の 2 倍に拡張する事まで発表しており
計画の実現の可能性が高いと思います。

発表された ビル の完成予想図を見ると
南北に 400m
建物の一番高い所で 180m となっていて
あの マリーナベイ・サンズ が名古屋に出来る様な
イメージ を思い浮かべています。

PK2017033002100018_size0

士林駅

士林駅は 日本統治時代の 1901 年に開業し
1988 年に廃止されるまで台鉄淡水線の駅として
営業していました。

その後 1997 年に
台北捷運が運営する淡水線が開業し
中世記念堂駅⇔淡水駅の途中駅の 1 つとして
再び士林駅が開業しました。

士林駅なので
あの士林夜市の最寄り駅だと勘違いしがちですが
実は夜市の方は劍潭(ジエンタン)駅が最寄り駅となっています。

ちなみに士林駅は故宮博物院の最寄り駅で
駅前の バス 停から博物院行きの バス が出ており
大体 10 分くらいで着きます。

DSC_3127

高雄駅

1900 年に開業した高雄駅は
現在の駅舎で三代目だと思ってたんですけど
実は 1900 年に開業した方は
1940 年に現在の場所に開業した高雄駅に伴い
高雄港駅に改称し 2008 年まで営業を続けていました。
  
と言う事は
1923 年の裕仁皇太子殿下(昭和天皇)の高雄行啓の際
台北からの特別列車は高雄港駅に着いたと
言う事になるんでしょうね。
残念ながら当時の駅舎は空襲で焼失し
1947 年に再建されました。

現在の高雄駅は路線の地下化が行われており
旧駅舎(1940年完成)は東南方向へ約 80m 移動させ
資料館として仮営業しています。
新駅は旧駅舎を入口として使用する計画で
現在の場所から元の場所へ戻す予定となっています。

高雄

高雄高雄高雄


台中駅

起点の南港駅から 169Km の地点にある
高速鉄道の台中駅は 2006 年に開業し
台湾中部の経済・文化の中心地である
台中市の玄関駅となっています。

台中市にも国際空港があり
大分からも直行便が出ているものの
やはり台北や高雄から高速鉄道を使った方が
早くて安いと思います。

駅舎は現在駅の改築中で
完成すれば交差する在来線との供用駅になります。
日本統治時代の 1917 年に建設されたレンガ 造りの旧駅舎は
当時のままの姿を留めており
見ておくべき スポット の 1 つですが
今回は時間が無くて スルー しました・・・。

台中駅

台中駅台中駅台中駅


左栄駅

高雄には新左営駅と左営駅があり
新左営は高速鉄道と在来線が入る駅で
左営は在来線のみの駅です。
丁度新大阪駅と大阪駅・・・と言った所でしょうか。

新左営は 2006 年 10 月に高速鉄道側が開業し
12 月に在来線側が開業しました。

高速鉄道は左営が終点で
この季節に台北から来ると凄く暑く感じます。
それもそのはずで台北は 15〜6℃ なのに対し
左営の気温は 25℃ でした。

地図を見ると台湾の下は フィリピン なので
いかに左営は南にあるかと言う事が
気温からも実感できます。

左営駅

左営駅左営駅左営駅


台北駅

1891 年に開業した台北駅は
在来線(台鉄)/高速鉄道(高鉄)/地下鉄(MRT)が乗り入れる
台北市の拠点駅として機能しています。

地上 6 階/地下 2 階の現在の駅舎は
1989 年に完成した 4 代目で
駅舎の新築に合わせて路線の地下化も行われました。

先日開業した空港線も
この台北駅が起点となっており
プレオープン 中は無料と言う事で
乗車待ちの列が 1 階まで続いていました。

台北駅

台北駅台北駅台北駅


河内長野駅

河内長野駅は駅としては
1898 年に高野鉄道の長野駅として開業しました。
その後合併を繰り返し
1947 年に近鉄と南海の近鉄の共同駅となりました。

かつては両社間の行き来は可能で
線路も繋がっていたそうですが
1947 年には完全に分離されました。

南海は更に極楽橋まで続いていますが
近鉄はここが終着駅となっていす。

河内長野駅

河内長野駅河内長野駅河内長野駅


新浜松駅

遠州鉄道の新浜松駅は
1927 年に旭町駅として開業し
1953 年に現在の新浜松駅に改称されました。

その後
再開発事業に伴い高架化され
1985 に現在の駅舎となりました。

所で 30 形車両は
画像のモハ25-クハ85 の 1 編成のみとなっており
更に定期運用を終了し予備車となっている事から
完全に無くなる日も近いと思います。

新浜松駅


新所原駅

1936 年に開業した新所原駅は
1987 年の国鉄民営化に伴い JR 東海の駅となり
それと同時に二保線が第三 セクター の
天竜浜名湖鉄道に転換されました。

駅舎は天竜浜名湖鉄道の直営駅で
駅舎と鰻屋が一緒になっています。
いや・・・一緒になっていると言うよりも
鰻屋の方が大きい気がします。

この鰻屋は国産 ウナギ を使用しているらしく
一番安いウナギ弁当でも 1300 円しますけど
これを買って車内で食べてると
"浜名湖まで来たな〜" と言う気持ちになれます。

新所原駅

新所原駅新所原駅新所原駅

生駒ケーブル

生駒 ケーブル は1918 年に生駒鋼索鉄道によって
日本初の営業用 ケーブルカー として開業しました。
開業当初は 鳥居前⇔宝山寺 だったのが
大阪電気軌道と合併後に複線化され
宝山寺⇔山頂 が開業しました。

現在は
1号:宝山寺線 鳥居前⇔宝山寺
2号:山頂線  宝山寺⇔生駒山上
となっています。

沿線は マンション など住宅地となっており
ケーブルカー としては珍しく
途中駅が 2 つもあり踏切も設置されています。

DSC_2274DSC_2279

四日市あすなろう鉄道

内部線が四日市あすなろう鉄道になったので
ちょっと覗いて来ました。
前回は 2013年4月13日 に訪れているので
その時の模様は記事を参照して下さい。

内部線/八王子線とは
近鉄が運営している特殊軌道の軽便鉄道で
2012 年の経営計画で BRT 化する事が発表されました。
しかし鉄道での存続を希望する四日市市との協議の結果
近鉄と共同運営する公有民営方式を取る事により
鉄道での存続が決定しました。 

その後 2015 年に公有民営方式に基き
四日市あすなろう鉄道が設立され
現在に至ります。

四日市あすなろう鉄道

四日市あすなろう鉄道四日市あすなろう鉄道四日市あすなろう鉄道


信貴山口駅

信貴山口駅は
大阪電気軌道の信貴線と信貴山電鉄鋼索線の
共同使用駅として 1930 年に開業しました。

その後 1944 年の戦時統合により
信貴山電鉄は近鉄 グループ に入り
現在に至ります。

信貴線の起点は信貴山口駅となっていますが
実は開業当初は枚岡駅まで延伸する計画となっていました。
しかし 1937 年に計画は中止となり
現在の形になりました。

信貴山口駅

信貴山口駅信貴山口駅信貴山口駅


三本松駅

近鉄の三本松駅は
1930 年に参宮急行電鉄の
榛原 ⇔ 伊賀神戸間の開通に合わせて
開業しました。

その後
関西急行鉄道を経て
1944 年に近鉄の駅となりました。

開業当時は
交通手段として重要役割を担っていたと思いますが
現代においては存続させる必要があるのか疑問です。
更に 2012 年まで有人駅だった言う事も驚きです。
しかし ローカル 駅を探訪するには
こう言う駅が存続していた方が面白いんですけどね(笑)

三本松駅三本松駅

駅スタンプ

JR だけでなく私鉄の主要駅には必ずある駅 スタンプ
まだ始めて半年くらいなんですけど

要は紙に押すだけなので
簡単だと思われがちですが実は奥が深くて
異常に インク が濃くて次の ページ まで滲んだり
その逆で強く押しても写らなかったり
上下の印が逆だったり・・・
少なくとも 3 箇所に 1 回は
押し直しになります。

JR を含めた鉄道系だけでなく
道の駅や高速道路の SA/PA
その他観光名所にも スタンプ が設置されているので
果てしなく続く趣味になりそうです。

駅スタンプ

四日市駅

JR 東海の四日市駅は
1890 年に関西鉄道の駅として開業し
開業当初は関西鉄道線の終着駅でした。
その後国有化され関西本線の途中駅となりました。

駅の東側には コンテナヤード が広がり
また南側は伊勢鉄道と ホーム を供用しています。
伊勢鉄道の ホーム を見ると起点か終点に見えますが
実は伊勢鉄道の起点は四日市駅から二つ先の
河原田駅となっています。

所で近鉄にも四日市駅があり
伊勢電気鉄道時代には国鉄四日市駅と隣接していました。
しかし急曲線の解消に伴う路線変更により
今の場所へ移転となりました。

四日市駅


四日市駅四日市駅四日市駅


東青山駅

東青山駅は 1930 年に参宮急行電鉄の駅として開業し
その後関西急行鉄道を経て
1944 年に近鉄の駅となりました。

2002 年に無人駅となるも
ホーム に設置された事務所には駅員が駐在しています。
駅前には自然公園の "東青山四季の里" があるとは言え
なぜ完全無人化にならないのかと言うと
この駅に列車の折り返し拠点や特急退避線等が設置されており
運行上の重要拠点となっているからです。

毎時上下 1〜2 本の急行が停車するものの
自宅の最寄り駅からここへ来るのは覚悟が必要で
結局 バイク で出掛けました。
ちなみに大阪線の起点である上本町駅から
91.5Km の地点だそうです

東青山駅

東青山駅東青山駅東青山駅


鳥羽駅

1911 年に参宮線の終着駅として開業した鳥羽駅は
現在近鉄と JR 東海との共同使用駅となっています。

ホーム は 6 番線まであり
0~2 番を JR
3~6 番を近鉄が使用しています。

ちなみに 1 番出口の辺りは(画像上)
開業当初は砂浜だったそうです。

鳥羽駅鳥羽駅

関駅

関駅と言えば岐阜の・・・ではなく
三重県にある関西本線の駅です。

近隣には東海道五十三次の
47 番目の宿場である関宿があり
重要伝統的建造物群保存地区として
地域全体が観光地となっています。

また岐阜の関駅は
長良川鉄道へ移管されるまで
美濃関駅となっていました。

関駅

関駅関駅関駅

柏原駅

兵庫県の柏原駅・・・ではなく
大阪府の柏原駅は JR と近鉄が乗入れる共同使用駅で
大阪鉄道の駅として 1889 年に開業しました。

その後
関西鉄道を経て国鉄になり
現在に至ります。
近鉄側は河陽鉄道の駅として 1889 年に開業しました。

現在の駅舎は二代目で
2008 年に完成しました。

柏原駅-1柏原駅-2
訪問者数
  • 累計:

Archives
QRコード
QRコード
YouTubeアーカイブス
  • ライブドアブログ