鉄道

フリーゲージトレイン

現在試験が行われいる フリーゲージトレイン(FGT) は
2014 年に製造された 3 世代目で
4 両編成となっています。

FGT は既に海外では実用化されているだけに
JR が 20 年試験しても実用化に至らないのは
何と言うか技術的要求水準が高過ぎるのではないしょうか?

先日も現行の試験車両の車軸に
想定外の摩耗が起きたと言う記事が上がっていましたが
結局この問題を検証し対策するまで試験は延期されるので
実用化は更に遠のきそうです。
一説には車両の製造や維持に
現行の新幹線の 2 倍の コスト が掛かるとも試算されているだけに
実用化は無理な気もします・・・。

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内部駅

四日市あすなろう鉄道の内部線は
起点の四日市駅から
終点の内部駅までの 5.7Km (8駅) の区間を結んでいます。

開業は 1922 年の三重鉄道時代まで遡る事ができ
その後 1965 年に近鉄と合併を経て
2015 年に現在の四日市あすなろう鉄道となりました。

現在は内部駅が終点となっていますが
開業当初は延伸計画があり実際に工事にも着手していたそうで
国道の下まで伸びる線路や中間駅のような駅構造も
それを物語っています。

内部駅

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極楽橋駅

極楽橋駅は 1929 年に開業し
その翌年には鋼索線の南海鋼索線(高野山ケーブル)
が開業しました。

高野線は極楽橋駅が終点で
起点の汐見橋駅から 64.5Km の地点に位置し
ケーブル は当駅が起点となっています。

基本的に高野線と鋼索線の乗継駅なので
券売機は設置されておらず
改札機も簡易的な物が設置されています。
高野山から向かう場合
林道のような所を行く必要があり
対向などを考えると軽自動車でも厳しいと思います。

極楽橋駅

極楽橋駅極楽橋駅極楽橋駅


学研奈良登美ヶ丘駅

2006 年に開業した学研奈良登美ヶ丘駅は
近鉄けいはんな線の終点で
起点の長田駅から 18.8Km の距離に位置しています。

けいはんな線は 1986 年に
長田駅ー生駒駅間を運行する東大阪線として開業し
2006 年の学研奈良登美ヶ丘駅までの延伸に伴い
けいはんな線へと改称しました。

けいはんな線は新祝園又は高の原まで延伸する計画があり
学研奈良登美ヶ丘駅の ホーム の末端部からも
延伸の可能性が伺えます。

学研登美ヶ丘駅学研登美ヶ丘駅学研登美ヶ丘駅

東部市場前駅

1989 年に開業した東部市場前駅は
現在大和路線内で最も新しい駅となっています。

ちなみに大和路線は関西本線の一部で
加茂〜難波の区間を指し
関西本線の起点は名古屋駅となっています。
そして東部市場前駅は
起点の名古屋駅から 169Km の場所に位置しています。

大和路線内で最も新しい駅と言いつつ
実は 1909〜1945 年まで
この駅の近くに百済駅が存在していました。
百済は "くだら" と読む訳ですが
現在も百済駅は存在しており
貨物専用の百済貨物 ターミナル 駅
として運用されています。

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播州赤穂駅

播州赤穂は忠臣蔵でお馴染みなだけあって
駅前には大石内蔵助の像があり
コンコース へ向かう階段の壁には
赤穂四十七士を描いた パネル が埋め込まれいます。

駅は 1955 年に開業し
開業当初は赤穂線の終着駅でした。

それにしても忠臣蔵は
まだ大河 ドラマ になっていなかったんですね・・・。
その反面あれだけ映画化や時代劇化されてるので
今更大河になった所で
お腹一杯と言う感じがします。

播州赤穂

播州赤穂播州赤穂播州赤穂


日生駅

日生と書いて "ひなせ" とは
なかなか読めないですね〜。

この日生駅は
赤穂線の終着駅として 1955 年に開業し
その後更に伊部駅まで赤穂線が延伸した為
途中駅となりました。

実は海だった場所を埋め立てて駅舎が建てられており
赤穂線で最も瀬戸内海に近い駅となっています。
駅前には フェリーターミナル があり
小豆島行の フェリー や
日生諸島行の旅客船が発着しています。

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日生駅日生駅日生駅


名古屋駅

2027 年 の リニア 名古屋駅開業に向けて
JPタワー や大名古屋 ビルヂング の開業など
名古屋駅周辺の再開発が熱くなっています。

しかしそれらが
小物に見えてしまう計画が持ち上がっています。
それは名鉄や近鉄の駅 ビル が
1 つの ビル に統合されると言う物です。
名鉄は ビル の建設に合わせて
ホーム も現在の 2 倍に拡張する事まで発表しており
計画の実現の可能性が高いと思います。

発表された ビル の完成予想図を見ると
南北に 400m
建物の一番高い所で 180m となっていて
あの マリーナベイ・サンズ が名古屋に出来る様な
イメージ を思い浮かべています。

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士林駅

士林駅は 日本統治時代の 1901 年に開業し
1988 年に廃止されるまで台鉄淡水線の駅として
営業していました。

その後 1997 年に
台北捷運が運営する淡水線が開業し
中世記念堂駅⇔淡水駅の途中駅の 1 つとして
再び士林駅が開業しました。

士林駅なので
あの士林夜市の最寄り駅だと勘違いしがちですが
実は夜市の方は劍潭(ジエンタン)駅が最寄り駅となっています。

ちなみに士林駅は故宮博物院の最寄り駅で
駅前の バス 停から博物院行きの バス が出ており
大体 10 分くらいで着きます。

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高雄駅

1900 年に開業した高雄駅は
現在の駅舎で三代目だと思ってたんですけど
実は 1900 年に開業した方は
1940 年に現在の場所に開業した高雄駅に伴い
高雄港駅に改称し 2008 年まで営業を続けていました。
  
と言う事は
1923 年の裕仁皇太子殿下(昭和天皇)の高雄行啓の際
台北からの特別列車は高雄港駅に着いたと
言う事になるんでしょうね。
残念ながら当時の駅舎は空襲で焼失し
1947 年に再建されました。

現在の高雄駅は路線の地下化が行われており
旧駅舎(1940年完成)は東南方向へ約 80m 移動させ
資料館として仮営業しています。
新駅は旧駅舎を入口として使用する計画で
現在の場所から元の場所へ戻す予定となっています。

高雄

高雄高雄高雄


台中駅

起点の南港駅から 169Km の地点にある
高速鉄道の台中駅は 2006 年に開業し
台湾中部の経済・文化の中心地である
台中市の玄関駅となっています。

台中市にも国際空港があり
大分からも直行便が出ているものの
やはり台北や高雄から高速鉄道を使った方が
早くて安いと思います。

駅舎は現在駅の改築中で
完成すれば交差する在来線との供用駅になります。
日本統治時代の 1917 年に建設されたレンガ 造りの旧駅舎は
当時のままの姿を留めており
見ておくべき スポット の 1 つですが
今回は時間が無くて スルー しました・・・。

台中駅

台中駅台中駅台中駅


左栄駅

高雄には新左営駅と左営駅があり
新左営は高速鉄道と在来線が入る駅で
左営は在来線のみの駅です。
丁度新大阪駅と大阪駅・・・と言った所でしょうか。

新左営は 2006 年 10 月に高速鉄道側が開業し
12 月に在来線側が開業しました。

高速鉄道は左営が終点で
この季節に台北から来ると凄く暑く感じます。
それもそのはずで台北は 15〜6℃ なのに対し
左営の気温は 25℃ でした。

地図を見ると台湾の下は フィリピン なので
いかに左営は南にあるかと言う事が
気温からも実感できます。

左営駅

左営駅左営駅左営駅


台北駅

1891 年に開業した台北駅は
在来線(台鉄)/高速鉄道(高鉄)/地下鉄(MRT)が乗り入れる
台北市の拠点駅として機能しています。

地上 6 階/地下 2 階の現在の駅舎は
1989 年に完成した 4 代目で
駅舎の新築に合わせて路線の地下化も行われました。

先日開業した空港線も
この台北駅が起点となっており
プレオープン 中は無料と言う事で
乗車待ちの列が 1 階まで続いていました。

台北駅

台北駅台北駅台北駅


河内長野駅

河内長野駅は駅としては
1898 年に高野鉄道の長野駅として開業しました。
その後合併を繰り返し
1947 年に近鉄と南海の近鉄の共同駅となりました。

かつては両社間の行き来は可能で
線路も繋がっていたそうですが
1947 年には完全に分離されました。

南海は更に極楽橋まで続いていますが
近鉄はここが終着駅となっていす。

河内長野駅

河内長野駅河内長野駅河内長野駅


新浜松駅

遠州鉄道の新浜松駅は
1927 年に旭町駅として開業し
1953 年に現在の新浜松駅に改称されました。

その後
再開発事業に伴い高架化され
1985 に現在の駅舎となりました。

所で 30 形車両は
画像のモハ25-クハ85 の 1 編成のみとなっており
更に定期運用を終了し予備車となっている事から
完全に無くなる日も近いと思います。

新浜松駅


新所原駅

1936 年に開業した新所原駅は
1987 年の国鉄民営化に伴い JR 東海の駅となり
それと同時に二保線が第三 セクター の
天竜浜名湖鉄道に転換されました。

駅舎は天竜浜名湖鉄道の直営駅で
駅舎と鰻屋が一緒になっています。
いや・・・一緒になっていると言うよりも
鰻屋の方が大きい気がします。

この鰻屋は国産 ウナギ を使用しているらしく
一番安いウナギ弁当でも 1300 円しますけど
これを買って車内で食べてると
"浜名湖まで来たな〜" と言う気持ちになれます。

新所原駅

新所原駅新所原駅新所原駅

生駒ケーブル

生駒 ケーブル は1918 年に生駒鋼索鉄道によって
日本初の営業用 ケーブルカー として開業しました。
開業当初は 鳥居前⇔宝山寺 だったのが
大阪電気軌道と合併後に複線化され
宝山寺⇔山頂 が開業しました。

現在は
1号:宝山寺線 鳥居前⇔宝山寺
2号:山頂線  宝山寺⇔生駒山上
となっています。

沿線は マンション など住宅地となっており
ケーブルカー としては珍しく
途中駅が 2 つもあり踏切も設置されています。

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四日市あすなろう鉄道

内部線が四日市あすなろう鉄道になったので
ちょっと覗いて来ました。
前回は 2013年4月13日 に訪れているので
その時の模様は記事を参照して下さい。

内部線/八王子線とは
近鉄が運営している特殊軌道の軽便鉄道で
2012 年の経営計画で BRT 化する事が発表されました。
しかし鉄道での存続を希望する四日市市との協議の結果
近鉄と共同運営する公有民営方式を取る事により
鉄道での存続が決定しました。 

その後 2015 年に公有民営方式に基き
四日市あすなろう鉄道が設立され
現在に至ります。

四日市あすなろう鉄道

四日市あすなろう鉄道四日市あすなろう鉄道四日市あすなろう鉄道


信貴山口駅

信貴山口駅は
大阪電気軌道の信貴線と信貴山電鉄鋼索線の
共同使用駅として 1930 年に開業しました。

その後 1944 年の戦時統合により
信貴山電鉄は近鉄 グループ に入り
現在に至ります。

信貴線の起点は信貴山口駅となっていますが
実は開業当初は枚岡駅まで延伸する計画となっていました。
しかし 1937 年に計画は中止となり
現在の形になりました。

信貴山口駅

信貴山口駅信貴山口駅信貴山口駅


三本松駅

近鉄の三本松駅は
1930 年に参宮急行電鉄の
榛原 ⇔ 伊賀神戸間の開通に合わせて
開業しました。

その後
関西急行鉄道を経て
1944 年に近鉄の駅となりました。

開業当時は
交通手段として重要役割を担っていたと思いますが
現代においては存続させる必要があるのか疑問です。
更に 2012 年まで有人駅だった言う事も驚きです。
しかし ローカル 駅を探訪するには
こう言う駅が存続していた方が面白いんですけどね(笑)

三本松駅三本松駅

駅スタンプ

JR だけでなく私鉄の主要駅には必ずある駅 スタンプ
まだ始めて半年くらいなんですけど

要は紙に押すだけなので
簡単だと思われがちですが実は奥が深くて
異常に インク が濃くて次の ページ まで滲んだり
その逆で強く押しても写らなかったり
上下の印が逆だったり・・・
少なくとも 3 箇所に 1 回は
押し直しになります。

JR を含めた鉄道系だけでなく
道の駅や高速道路の SA/PA
その他観光名所にも スタンプ が設置されているので
果てしなく続く趣味になりそうです。

駅スタンプ

四日市駅

JR 東海の四日市駅は
1890 年に関西鉄道の駅として開業し
開業当初は関西鉄道線の終着駅でした。
その後国有化され関西本線の途中駅となりました。

駅の東側には コンテナヤード が広がり
また南側は伊勢鉄道と ホーム を供用しています。
伊勢鉄道の ホーム を見ると起点か終点に見えますが
実は伊勢鉄道の起点は四日市駅から二つ先の
河原田駅となっています。

所で近鉄にも四日市駅があり
伊勢電気鉄道時代には国鉄四日市駅と隣接していました。
しかし急曲線の解消に伴う路線変更により
今の場所へ移転となりました。

四日市駅


四日市駅四日市駅四日市駅


東青山駅

東青山駅は 1930 年に参宮急行電鉄の駅として開業し
その後関西急行鉄道を経て
1944 年に近鉄の駅となりました。

2002 年に無人駅となるも
ホーム に設置された事務所には駅員が駐在しています。
駅前には自然公園の "東青山四季の里" があるとは言え
なぜ完全無人化にならないのかと言うと
この駅に列車の折り返し拠点や特急退避線等が設置されており
運行上の重要拠点となっているからです。

毎時上下 1〜2 本の急行が停車するものの
自宅の最寄り駅からここへ来るのは覚悟が必要で
結局 バイク で出掛けました。
ちなみに大阪線の起点である上本町駅から
91.5Km の地点だそうです

東青山駅

東青山駅東青山駅東青山駅


鳥羽駅

1911 年に参宮線の終着駅として開業した鳥羽駅は
現在近鉄と JR 東海との共同使用駅となっています。

ホーム は 6 番線まであり
0~2 番を JR
3~6 番を近鉄が使用しています。

ちなみに 1 番出口の辺りは(画像上)
開業当初は砂浜だったそうです。

鳥羽駅鳥羽駅

関駅

関駅と言えば岐阜の・・・ではなく
三重県にある関西本線の駅です。

近隣には東海道五十三次の
47 番目の宿場である関宿があり
重要伝統的建造物群保存地区として
地域全体が観光地となっています。

また岐阜の関駅は
長良川鉄道へ移管されるまで
美濃関駅となっていました。

関駅

関駅関駅関駅

柏原駅

兵庫県の柏原駅・・・ではなく
大阪府の柏原駅は JR と近鉄が乗入れる共同使用駅で
大阪鉄道の駅として 1889 年に開業しました。

その後
関西鉄道を経て国鉄になり
現在に至ります。
近鉄側は河陽鉄道の駅として 1889 年に開業しました。

現在の駅舎は二代目で
2008 年に完成しました。

柏原駅-1柏原駅-2

五新線

五新線は JR 五條駅⇔新宮駅間を結ぶ路線として
1939 年に着工しました。

しかし太平洋戦争で工事が中断し
1959 年になって五條⇔城戸間の路盤が完成した為
バス 路線として先行開業し全線開通後に鉄道へ切り替える予定が
国鉄再建法の施工により採算が見込めないことから
計画が断念されました。

計画断念後も
2014 年9月30日 まで バス 路線は継続されましたが
同年 10月1日 に廃止されました。
画像は終点の城戸停留所周辺の物で
現在は五條市役所の駐車場となっています。

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吉野

亀山駅

1890 年に開業した亀山駅は
関西線と紀勢線の 2 路線の接続駅で紀勢線は
この駅が起点となっています。
また 1987 年の国鉄民営化に伴い
JR東海 と JR西日本 の境界駅となり駅業務は
JR東海 が行っています。

かつては三重県内の鉄道の要衝で
機関区や客貨車区などが置かれるなど賑わっていましたが
現在は快速/普通列車のみが発着する ローカル 駅となり
1Km 四方に広がる広い構内だけが
賑わっていた当時の面影を留めています。

ちなみに駅前の大きな鳥居は
能褒野神社一の鳥居で
かつては駅の北側にあったそうですが
県道の整備に伴って移設され
現在は駅前の モニュメント となっています。

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青の交響曲

9月10日から運行を開始した
観光特急列車 "青の交響曲" は
実は南大阪線用の一般車両の 6200系 が
ベース となっています。

特急車両の 16000系 などを
ベース にする案もあったそうですが
実は特急車両は 2 両単位の偶数編成しか組めず
2 両編成ではゆったりとした空間を作るには狭く
4 両編成では過剰輸送になることから
一般車両を改造して 3 両編成となりました。

現在は 3 両 1 編成での運行となっており
吉野駅へ見に行った時は休日と言う事もあり
阿部野橋行の上り電車は満席となっていました。

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高野山駅

高野山駅は 1930 年に
高野山電気鉄道鋼索線の駅として開通し
1928 年完成の木造 2 階建ての駅舎は
現在も現役で使用されています。

1947 年に南海電気鉄道の駅となり
現在に至っています。
営業区間は極楽橋⇔高野山 の 0.8Km で
極楽橋が起点となっています。

高野山駅は標高 867m の地点にあり
家を出た時の気温が約 36℃ で
駅舎の付近は約 26℃ でした。
湿気も少なく空気が軽い感じがして
夏季限定で住みたいと思いました。

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鈴鹿サーキット稲生

鈴鹿 サーキット の最寄り駅は近鉄白子駅の他に
伊勢鉄道の鈴鹿 サーキット 稲生駅があり
この駅からは サーキット まで徒歩で行ける所にあります。

1973 年の開業当初は国鉄伊勢線の稲生駅でしたが
1987 年に伊勢線が第三 セクター へ移管された時に
鈴鹿サーキット稲生駅に改称されました。

無人駅で普段は閑散としていますが
日本GP や 8耐 などが開催される時は
快速や特急が臨時停車し
また当駅発の特急も運行されます。

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島ヶ原駅

島ヶ原駅は 1897 年に
関西鉄道の上野駅として開業しました。
その後
関西鉄道が国有化され
関西本線の所属となり現在に至ります。

駅舎は亀山鉄道部が管理する簡易委託駅で
15 時以降は無人駅となるそうですが
出掛けた時は 16 時位でも係員が居たので
季節によって変動するのかも知れません。

1970 年まで貨物営業を行っており
下り ホーム に当時の面影を残す
引込線の遺構が残っています。

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ラビットカー (続)

吉野線で走っていた ラビットカー が
定期点検のために回送される所です。

今回の点検で
恐らく通常塗装に戻されるので
この ラビットカラー は今回が見納めです。

回送先は五位堂なので
台車が狭軌から広軌に交換され
狭軌の台車は モト90 の荷台に乗せられています。

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隼駅

隼駅は架空の駅を実写化した
セット のように思われがちですが
実は昭和 5 年に開業した若桜鉄道の駅で
駅舎は登録有形文化財に指定されています。

週末以外は無人駅となっており
駅前の商店が乗車券などの販売を行う
簡易委託駅と言う扱いになっています。

今年も 8月11日に恒例の "隼祭り" が開催され
全国から GSX1300R が集合し賑わいを見せましたが
普段は動画のように閑散としています。

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新宮駅

南国の雰囲気が漂う新宮駅は
1913 年に新宮鉄道の駅として開業し
その後国有化され
1938 年に現在の場所へ移転しました。

実は紀勢本線は
新宮駅を境に JR西日本 と JR東海 に分かれており
運行上重要な駅となっています。

また奈良交通が運行する
営業距離日本一の路線 バス である
"八木新宮特急バス" の終点になっている事でも
知られています。

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ビスタカー

ビスタカー も新塗装が順次投入されており
記憶に留めておこう記事にしてみました。

新塗装は以前紹介したので省きますけど
同じ車両でも カラーリング が変わると
新型車両みたいに感じます。

まだ見慣れないので少し違和感もありますが
慣れてくれば気にならなくなるのでしょう。
しかし物心付いた時からこの カラーリング だったので
無くなるのは寂しいですけど
これも時代の流れ何でしょうね〜・・・。

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串本駅

串本駅はJR西日本管轄駅の中で
最も南に位置し 1936 年の開業当初は
国鉄紀勢中線の終着駅でした。

所で当初の予定では
南紀白浜空港で飛行機の写真を撮って帰る予定だったのが
走ってると気分が乗って来たので予定を変更して
今回ここ 2〜3 年来の夢であった
紀伊半島一周をする事にしました。

しかし画像を観ると解りますが
串本に近付くにつれて雲行きが怪しくなり
駅に着く頃には小雨が パラ ついていました・・・。

幸いにも日頃の行いが良いのか(笑)
これ以上悪くなる事は無く
逆に持ち直してきたので助かったのですが
実を言うと雨具関係は一切持っていないので
これを機に真剣考えています。

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月ヶ瀬口駅

月ヶ瀬と言えば奈良県ですが
月ヶ瀬口駅は月ヶ瀬の入り口と言うことで
京都府に位置しています。

月ヶ瀬口駅は関西本線の中では比較的新しく
1951 年に開業しました。
基本的に係員がいるので無人駅では無いのですが
平日の 07:00〜15:00 の間しか係員がおらず
週末などは無人駅となっています。

つまり駅務室内にある駅 スタンプ を押すには
係員がいる平日の 07:00〜15:00 までに行く必要があり
旅行で押しに行く場合は注意が必要です。

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ラビットカー

吉野線開業 100 周年を記念して
特別塗装の 6020 系が運行されています。

この特別塗装は
かつて運行されていた ラビットカー の復刻塗装で
側面にある ウサギ を モチーフ にした "ラビットマーク" は
岡本太郎氏が デザイン したそうです。

今でも近鉄の特急は
オレンジ 色で塗装されていますが
ラビットカー の オレンジ は
オレンジバーミリオン と呼ばれる
より ビビット な オレンジ で塗装されています。

運行期間は設定されていませんが
運行から 4 年近く経過している事から
そろそろ消えそうな予感がします。

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サクラライナー

大阪阿倍野橋⇔吉野
で運行されている吉野特急は
1990 年に運行開始 25 周年を迎えた事から
現行型の 26000系(サクラライナー) が投入されました。

しかし 26000 系も
投入から 21 年が経過し
2011 年に 4 億円を掛けて リニューアル が実施され
より吉野の観光を意識した内外装へと生まれ変わりました。

吉野山の桜や宿坊は
国内だけでなく世界的な名所にもなっており
わざわざ専用の特急を走らせても充分採算が合うんでしょうね。
しかし運行距離を考えると
"しまかぜ" のような新型車両を導入する程でも無いのでしょう。

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伊賀上野駅

1897 年に開業した伊賀上野駅は
JR 西日本と伊賀鉄道の共同使用駅で
伊賀鉄道側は 1916 年に開業し伊賀線の起点駅となっています。

伊賀鉄道は長い歴史の中で
何度も運営母体が変わり現在に至っています。
伊賀軌道→大電気軌道→参宮電気鉄道→近鉄→伊賀鉄道

駅業務は JR 西日本の亀山鉄道部が管理し
また同部唯一の直営駅となっています。

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西枇杷島駅

西枇杷島駅は
大正 3 年に開業した名鉄の駅で
一宮・岐阜・津島方面 ⇔ 名古屋・豊橋・空港方面 ⇔ 岩倉・犬山方面
へ分岐する デルタ 線を形成しています。

1 日の状況客は
名鉄 275 駅中 240 位と少ないものの
すぐ東側には超過密運行区間の枇杷島分岐点があり
安全運行上完全に自動化する事はできず
分岐点手前での停車や減速などの運行管理が当駅で行われています。

ちなみに列車到着直前まで ホーム へ立ち入る事ができないのですが
誘導を行っている係員は駅員ではないそうです。

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枇杷島


青函トンネル

先日開通した スイス 鉄道の ゴッタルトンネル が
世界最長の鉄道 トンネル として
新記録を樹立しました。

ゴッタルトンネル は
スイス の エルストフェルト⇔ボディオ 間を結ぶ
全長 57km の トンネル で
アルプス 山脈の下を貫いています。

所で ゴッタルトンネル 開通以前はどこが世界最長だったのか?
実は全長 54Km の青函 トンネル が 1988 年の開通以来
世界一の座を守ってきました。
しかし海底 トンネル としては現在も世界一の座を守っています。
ちなみに英仏海峡 トンネル は
全長 50km となっています。

青函トンネル


伊勢中川駅

前回紹介した桃園駅の次の駅にあるのが
デルタ 線でお馴染みの伊勢中川駅です。

伊勢中川駅は
大阪線の終点であり
名古屋/山田線は起点になります。
つまり終点の名古屋駅は下りになる訳ですが
列車運行上は名古屋駅が起点となっています。

地図の説明をすると
撮影 ポイント から見て
左側が名古屋方面(名古屋線)
右側が大阪方面(大阪線)
伊勢中川駅から奥が賢島方面(山田線)となっています。

道があるので デルタ 線の中から撮っても良かったんですが
堤防からの撮影した動画が見当たらないので
あえてそこから撮ってみました。

伊勢中川


桃園駅

桃園駅とは
台湾高速鉄道の・・・ではなく
1930 年に参宮急行電鉄の駅として開業した
近鉄の駅です。

01 年に津駅管轄の無人駅となり
07 年には PiTaPa が使用開始になしました。
しかし自動改札機は設置されておらず
IC 乗車券は簡易改札機での対応となっており
これは名古屋線唯一となっています。

しかし私鉄にも関わらず
01 年まで駅員がいた事に驚かされます。

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名張駅

名張駅は 1930 年に参宮急行電鉄の名張駅として開業し
その後関西急行鉄道経て
1944 年に現在の近鉄名張駅となりました。

駅舎は西と東に分かれており
西側の駅舎は
1930 年の開業当時の姿を留めています。

また駅の北側には名張車庫があり
ホーム の端から様子を伺うことができます。

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新塗装

先日 "楽" を彷彿させる ACE を目撃したので
サミット 関連の特別塗装かと思いきや
現在近鉄特急の塗装の変更が行われているそうです。

今回の変更は 57 年ぶりで
22000 系 ACE から順次実施されているそうです。

見慣れた車両でも
塗装が変わると印象が大きく変わる反面
見慣れた塗装が姿を消すので
今のうちに ビスタカー などの旧塗装の写真を撮っておこうと
思います。

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近鉄 5200系

現在近鉄の 5200 系が
2250 系の復刻塗装で運行されています。
これは 近鉄 エリアキャンペーン の一環で
キャンペーン が終了した現在も
再塗装するなどして維持されています。

しかしこの仕様は 1 編成のみので
その上名古屋線で主に運行されており
大阪線ではなかなか貴重な存在と言えます。

また他の系統と併結で運行されており
向きによっては気付かない可能性もあります。

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猴硐駅

猴硐駅周辺は日本統治時代から石炭の採掘が行われており
炭鉱の坑道や柱を食い荒らす ネズミ を駆除する為に
猫が飼われていました。
その猫が鉱山の閉鎖に伴い野良猫化し
現在では 100 匹以上が生息していると言われています。

最近の世界的な猫 ブーム の影響で
この猴硐の猫村にも世界中から観光客が押し寄せている事から
急 ピッチ で観光地化が進められており
2~3 年前と比べると風景が一変しているそうです。

猴硐を検索すると "ネコの楽園" として ヒット しますが
どちらかと言うと "ネコの楽園" ではなく "ネコ好きの楽園" の方が
正しいのかも知れません。

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桃園駅

桃園駅とは三重県にある近鉄の駅・・・ではなく
07 年に開業した台湾高速鉄道の駅で
桃園空港から シャトルバス で 20 分の所にあります。
現在 "空港⇔駅" 間の地下鉄整備が進められており
開業は未定ながら試験走行が行われています。

しかし新幹線とは言え運賃が安く
今回乗車した "桃園→台北" 間は 640 円でした。
まだ利用者が少なく値段を下げて空席率を抑えているそうですが
3 日間乗り放題の パス でも 8600 円なので
非常にお買い得です。

今回は 20 分程度しか乗車しなかったので
次回は台北から終点の左営まで乗りたいですね〜。

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